「ようやく帰ってこられた」

成田空港について士郎はそうつぶやいた。

しかし士郎は日本に着いても何も感じなかった。

大火災で記憶を失い、その一年後に日本を発ったのだ。

その一年間もほとんど家を出ることもなく、常に目隠しをしていたから日本での思い出は知り合いの人々の声と気配しかなかった。

士郎の隣ではレンが初めて見る光景に眼を白黒させていた。

そしてその士郎達もその場にいた全員から注目されていた。

今の士郎は修行の時に穿いていていた黒いズボンと青と白のTシャツ。

それ自体は何らおかしくはなかった。

問題は士郎の顔であった。

橙子に作ってもらった魔力殺しを今は髪をしばるのに使っており、髪型はポニーテールである。

サングラスはかけていないため、紅い瞳はむき出しで、その顔は男とも女ともとれる中性的とはまた別の性だったから。

そしてその隣には黒い洋服を着た人形のようなかわいらしい女の子がたたずんでいる。

少なくとも二人ともとても絵になる。

男女関係なく誰もがうらやましがる様な状態だった。

「さてレンちゃん、行こうか」

そんな周囲の視線に気付いてはいたが気にせずレンを連れて士郎はタクシー乗り場に向かった。








三時間後

ようやく士郎は冬木市に着いた。

そのままタクシーで目的地まで行っても良かったが出来るだけ歩いていきたかった。

「ここが俺の故郷だよ。まぁ記憶を失ってから一年間しか住んでなかったけど」

レンに話しかけながら地図を見て歩き出す。

一歩一歩を踏みしめながら士郎はとある屋敷に向かった。









士郎が向かったのは彼の父、衛宮切嗣の知り合いの藤村雷画の屋敷である。

なぜなら衛宮邸の屋敷の鍵を彼に預けていたからだ。

いつ修行が終わるかわからず、青子達に会うまではあまり自分のものを持っていなかったためうっかり鍵をなくしてしまうと考えていたからだ。

門を抜けると目の前に日本庭園が広がる。

藤村雷画は極道であり、自分の名を冠する藤村組の組長でもある。

しかし極道といっても別に暴力団などではなく反対に第二の警察の様なもので冬木市では市民に信頼されている。

「すいません」

玄関で声を上げる。

「誰だてめぇ?」

その声に呼ばれて、金髪で若い風貌のチンピラが出てきた。

「俺は衛宮士郎といいます。すいません、雷画の爺さんはいますか?」

「親分になんのようだ?」

「俺の家の…」

その問いに答えようとしたとき黒いスーツを着た30代の男が通りかかった。

「どうした?」

その男、前崎が問いかける。

「あ、若頭。こいつが親分に用があるようで…」

「親父に?」

その答えに士郎とレンをよく見る。

しかし彼の記憶にその二人の姿はない。

「おまえ、誰だ?」

前崎が改めて問いかける。

「その声…もしかして前崎さん?」

答えは彼の斜め前をいった。

「俺のことを知っているのか?」

「前に会ったことがあるじゃないですか。まぁわからないのも無理はありませんけど…士郎ですよ」

「士郎って…おまえ衛宮士郎か!!」

その答えに珍しく前崎が人目をはばからず大声を上げる。

「若頭、こいつは…」

「ああ、こいつは親父の知り合いでな。六年前に海外に留学したんだ」

青子達は士郎の出国の表向きの理由として海外に留学させると説明していた。

「さっき着いたばかりです」

「そうか…その娘はどうしたんだ?」

「それも含めてちゃんと説明します」

「まぁ上がれ。親父も今はいるから」

結局チンピラには何が何だか解らなかった。









「親父」

「おう!どうした?」

「士郎が帰ってきました」

「何!?」

その言葉と共に襖を開けて士郎がレンと一緒に部屋にはいる。

「久しぶりだね。爺さん」

「ほんとに士郎か?」

「前崎さんにも言われたよ。まぁ六年も経ってずいぶん変わったのは自覚してるけど」

切嗣が二人に士郎を紹介したときも士郎は目隠しを取らなかった。

そのため二人とも士郎の素顔を知らなかったのである。

「おまえってそんな顔してたのか…」

「だいぶ変わったけどね」

「それでその娘は何者だ?」

玄関で聞いた問いを改めて前崎が聞く。

「この子はレンちゃん。向こうで知り合って今まで一緒に住んでた。いろいろあって今は俺が面倒を見ている」

「おまえまさか…」

「そういうことはしてないよ」

「そうか…俺は藤村雷画だ。まぁよろしくな、嬢ちゃん」

「前崎だ。よろしく頼む」

「…(コクリ)」

レンは言葉出さず代わりに頷くだけだった。

「この子はあまりしゃべらないんです。俺も一回しか声を聞いたことがないから気にしないでください」

「は…は…は、あいつに比べたら静かな方がましだぜ」

雷画がそう言って言葉を濁らす。

そして彼がそう言う人物は一人しかいなかった。

「まさか…」

「そのまさかだ、士郎」

士郎にもその人物に覚えがあった。

その時廊下から誰かが走ってくる男が聞こえた。

「士郎君帰ってきたの!?おじいちゃん!」

襖が開くと同時に活発な女性の声が聞こえた。

「大河、おまえもうちょっと落ち着けねぇのか」

「私はいつも落ち着いてます」

部屋に入ってきたのは雷画の孫娘、藤村大河である。

「久しぶりだね、藤村姉さん」

「えっと…士郎君?」

士郎が六年ぶりに再開した女性は全く変わっていなかった。

「ええ、衛宮切嗣の息子の衛宮士郎です」

「ふ〜ん、そういう顔してたんだ」

初めて見る士郎の素顔をまじまじと見る。

「士郎君、ほんとに男の子?」

「男ですよ。それと士郎で構いません」

「じゃあ士郎も藤村姉さんなんて堅苦しい呼び名は辞めなさい」

「では…藤ねえで」

「よろしい。所で士郎このお人形さんみたいな娘はどうしたの?」

本人の前で堂々と思ったことを言うのも彼女の良いところであり、悪いところでもあったと思い出しながら士郎は答えた。

「彼女の面倒を見ていた女性が事故で意識不明なったから、俺が住まわしてもらっていたその女性の姉の家に来た娘で、その人から一緒に連れてってと言われたので連れて来ました。名前はレンちゃん」

「ふ〜ん、レンちゃんっていうの。よろしくね」

「…(コクリ)」

「む、あいさつはきちんと返さなきゃ、だめだよレンちゃん」

「その子はあまりあいさつを返さないんですよ、藤ねえ」









「所で爺さん」

「どうした士郎?」

大河が出て行ってから士郎は神妙な面持ちで雷画に話しかけた。

「実はあっちでいろいろ大変な事があって、そのことなんだけど」

「何か問題でも出来たのか?」

「出来たと言えば出来たんだけど…誰にも言わないでね」

「おう」

「特に藤ねえにわ」

「おう」

その一言で二人とも更に身構える。

大河は沸点の低い我慢の限界を迎えると虎の咆哮をあげるのだ。

そのため彼女の前ではあまり問題になる発言は誰もが控えるのだ。

「実は…俺に子供が出来た」

「「は!?」」

その内容に二人とも思考が真っ白になった。

「だから俺に子供が出来た…3人」

「なっ!?」

再び思考が真っ白になった。

「おいどういうことだ!ガキが出来たって士郎!」

雷画が吠えた。

「深く聞かないで」

士郎の表情は心底聞かないで欲しそうだった。

「あの二人はどうした、あの切嗣の知り合いの姉妹は!」

雷画は青子と橙子の二人のことを聞いた。

「三人の内二人」

士郎は簡潔にそう表現した。

「ちょっと待て。おまえ今年で15だろ。それに3人ってことは、もう一人いるのか!?」

今度は前崎がそう聞いた。

「うん俺が住んでた家の女性にね…」

「いつ作ったんだ!?」

「今年で2才になる」

「て、ことは…12の時にできたガキかよ!」

「士郎おまえはあっちで何をしてきたんだ?」

「俺も普通に生活してたんだけど…あの人達を止めるのは…」

あの3人はあらゆる意味で自己中心的かつ人外の力の持ち主なので実力公使以外で止めることはほぼ不可能である。

「まぁ出来ちまったものはしょうがない。それで、おまえどうするんだ?」

「何が?」

「おまえがあっちで何を学んできたかは知らないがまだ俺たちから見ればガキだ。そいつらの父親として面倒見る『覚悟』はあるのかってことだ」

仮にも極道と名の付く職業の、それも組長である。

雷画の言葉は静かであるが下手な返事を許さぬ言葉だった。

「そうでなきゃ今頃首を吊ってるか、あっちに残ってるよ」

士郎はそう返した。

彼からすれば大事な家族を悲しませるようなことだけはしたくないのだ。

「どうやら本気のようだな」

士郎は軽く返したがその目は本気の目だった。

「は、まったく…おまえあっちで何をしてきたら14でそんな目が出来るんだ」

「俺はただ大切なものを守りたいだけだよ」

「そう言えばそんなことを言ってたな」

彼が初めて士郎にあったときまだ7才でありながら意志の強さが感じられた。

それは切嗣が死んだときも同じだった。

「切嗣もたいしたガキを残していきやがったな…ほら家の鍵だ」

そう言って衛宮邸の鍵を渡す。

「この後はどうするんだ?」

「父さんの知り合いの人に会いに行ってくる。それと業務用冷蔵庫がほしいんだけど。家族が増えたし」

「わかったよ」

そう言って士郎は藤村組を出た。









7年ぶりに帰ってきた衛宮邸は人がいなかったといっても少々埃っぽかった。

完璧とまで行かずとも居間と自室とレンが寝るための部屋を掃除してから士郎は出かけた。









午後十時

士郎がそこに着いたとき周りは夜の帳に包まれていた。

目の前には森が広がっており、切嗣の知り合いが住んでいるのはこの森を抜けた人里離れたところである。

しかもその森は最短距離で十キロはあり、この暗闇で目的地が不明なので始めてくる士郎としてはまっすぐに突き進むしかなかった。

その時遙か先、少なくとも数キロ晴れた先で一瞬だけ光が瞬いた。

その光に士郎は見覚えがあるが切嗣の手記に書かれていた知り合いの男性はその光とはほとんど無縁であった。

嫌な予感が頭をよぎる。

「強化開始(トレース・オン)」

全身に強化をかけて士郎は全速力で駆け出した。









十キロをわずか三分で走り抜けた。

道中罠があったが左右後方から来るものは無視し、前方から来るものだけをすべてコブシで吹っ飛ばした。

森をぬけたとき士郎の目に飛び込んできたのは燃えさかる家だった。

周りの家も同様で家人がどうなったか確認するには無理があった。

そして見て回っているとき一軒だけ燃えていなかった家があった。

その家に向かおうとすると玄関から数人の人間が出てくる。

その体格からおそらく全員が男だと思われ、近代兵器に身を包みその手には突撃銃がある。

士郎は先ほど見た銃の瞬きが勘違いであって欲しかったが残念ながらそれははかなき希望であった。

そして彼らも士郎に気付いた。

「この惨状はあなた達が原因ですか?」

「小僧ここになんのようだ?」

質問には答えず逆に彼らはそう問いかけた。

「ここには父の知り合いがいると聞いたので尋ねてきたのですが…」

「そいつが誰だか知らねぇがもう此の世にはいねぇよ」

そういって全員が銃を構える。

「最後に一つ、あなた達は当然覚悟してますよね…人の命を奪った覚悟」

「は、覚悟なんざ、いるかよ。そんなことより今は自分の身を心配するんだな」

その男が士郎に向けてトリガーを引くが、

「それはあんたがするべき心配だ」

士郎の姿は既になくその声は背後から聞こえた。

あわてて振り向こうとするが両肩を掴まれ後ろを向くことは出来ない。

しかもその手の力は徐々に強くなり、

−ボキ−

乾いた音を立てて肩の関節を破壊した。

「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!」

マスクに覆われてその声は響かない。

男達全員の肩を破壊し、持っていた突撃銃から弾倉(マガジン)をぬく。

そして薬室(チャンバー)に一発弾が残った状態で男達の防護服の背中側から切り込みを入れ、へその反対側の位置の背骨を打ち抜いた。

脊髄が損傷しこれでかれらは一生歩くことが不可能になった。

それぞれの銃で一発ずつ全員に同じ事をする。

殺しはしない。

助けが来れば生きることは出来るがおそらくもう銃を握ることはないだろう。

そんな彼らを無視して士郎は男達が出てきた、家に入った。

家の中は荒らされており居間には女性の死体があった。

この家の中に既に生きた人間の気配はなく、外の部屋も見て回ったが遺体はその部屋にしかなかった。

その女性は白い着物を来ており、今の状態はまるで葬式の死装束のようである。

もとは美しかったのだろうその顔は苦悶の表情で固まっていた。

一分ほど合掌した後、改めてその体を見る。

気になったのは胸部の殴られたような跡である。

腹部には数発銃弾を撃ち込まれた跡があるが、先ほどの男達が念のためにやったのだろう。

直接の死因は胸を殴られた際の心臓破裂で即死だ。

だがしかし通常の人間がいくら鍛えようとここまでやるのはほぼ不可能である。

つまりそれは人外の者が関わっていると言うことである。









いったんその家から出る。

今は生存者がいないか探す方が重要である。

そう思い周囲の気配を探るが周囲からは何も感じられない。

その時森の中で二つの気配を感じた。

一つはとても強くまるで見つけてくれと言わんばかりでもう一つは徐々に弱くなっていき、おそらく死にかけていると士郎は判断した。

どちらか生存者かは不明だがどちらにしろ、そこに向かうしかない。









「くそっ!さすが紅赤朱というべきか」

七夜黄理はそう悪態をつく。

全身はぼろぼろで体の一部は焦げている。

一方目の前の男、軋間紅摩はなんの傷も負ってはいない。

この男と殺し合いを始めてから既に一時間が経っている。

その間に一族の者の気配が消えていくのは知っていた。

しかしこの男を放っておく方がもっと危険であるのは解っていた。

「ふんっ!」

軋間のけりを飼わす、しかしその後の拳は避けきれず木にたたきつけられる。

その一撃で今までの疲れと痛みで体が動かなくなる。

あとはもう死を待つだけである。

目の前には死神の鎌が迫っている。

(真姫…志貴…すまん)

心の中で彼らに別れを告げる。

しかしそれは杞憂に終わった。

軋間紅摩が七夜黄理に手を伸ばす。

その時何者かが近づいてくる気配を感じた。

それを確認する前に茂みの中から何かが軋間目がけてつっこんできた。

後方に跳び、距離を取る。

出てきたのは白髪で中性的な顔をした子供だった。









「七夜の方ですか?」

士郎は背後にいる傷だらけの男性に問いかける。

「おい悪いことは言わねぇ。すぐ逃げろ」

「七夜の方ですか?」

黄理の忠告を無視して再度問いかける。

「…ああ、俺は七夜黄理だ」

「あの方はあなたの敵ですか?」

今度は軋間紅摩のことを聞いてきた。

「だったらどうした?」

「少々そこで休んでいてください」

そう言って士郎は身構える。

「おいやめとけ。そいつは紅赤朱だ。死ぬぞ」

士郎は答えない。

相手の正体が知れない以上こちらから仕掛けることはしない。

軋間紅摩は標的を士郎に定め、一気につっこんでくる。

「投影開始(トレース・オン)」

ナイフを投影し投げるが傷一つつかない。

そのままでは黄理を巻き込むと判断し、その場を離れる。

軋間紅摩はそのままこちらに向かってくる。

士郎の顔めがけ軋間の右手が迫る。

それを避けるが士郎に背後にあった木は軋摩に掴まれると同時に燃えた。

「そういうことか」

混血のことをあまり深く理解はしていないが個々に別の異能の力を備えているのは知っていた。

彼の能力はおそらくその手に触れた者を燃やす。

それに加え圧倒的なまでの怪力。

一発でももらえば死ぬだろう。

しかし士郎は退かない。

今度は士郎が軋間につっこむ。

軋間はつっこんでくる士郎にタイミングをあわせ掌打を放つ。

しかし士郎はその手首を掴み、そのまま力を込めていく。

軋間はもう片方の手で士郎を殴ろうとするが同じように手首をつかまれ防がれる。

軋間の剛腕が全く動かず、手首の感覚がなくなっていくのを感じた。

「体内投影(トレース・イン)、邪悪なる幻想(イービルファンタズム)」

手のひらから突き出た剣が軋間の手首に突き刺さり内部で爆発起こし、軋間の両手を完全に破壊する。

「ッ!!」

軋間は両手が破壊されると同時に士郎から離れるが、士郎は容易にそれに追いつき、

「守護者(ガーディアン)」

黒い剣で両足を切断した。

今の軋間は両手両足とも失い、まだ息はあるが時期出血多量で死ぬだろう。

本人もそれを分かっているのかもはや動こうとしない。

そんな軋間紅魔を士郎はじっと見下ろしている。

考えているのはつい先日アインナッシュと戦ったときとまったく同じ自身が係わらなければ彼が死ななかったということ。

闘っていて、士郎は彼が自分のために戦っていないのだと感じていた。

抗えぬまま誰かに命令されただ七夜の一族を殺しに来た。

士郎はそんな風に感じた。

士郎とてできれば彼を殺したくはない。

だがしかし彼はアインナッシュと違って混血ではあるが人間である。

そしてあと数分で死ぬ。

そんな彼を見ている士郎の口から無意識に言葉紡がれる。

「天の杯(ヘブンズフィール)」

軋間紅魔の体から光りの塊が出てくる。

それが士郎の体に吸収されるとともに軋間紅魔は死んだ。









黄理は目の前の光景が信じられなかった。

混血を暗殺することを生業とする退魔の一族である七夜の現当主の黄理が、全く歯が立たなかった軋間紅魔を真正面からぶつかって倒したからだ。

「大丈夫ですか?」

士郎が黄理に声をかける。

「てめぇ、なにもんだ?」

黄理が警戒しつつそう問いかける。

そう今の状況は先ほどよりさらに悪い。

紅赤朱を倒したこの正体不明の人物が自分の命を狙っている可能性があるからだ。

「俺の名は衛宮士郎。あなたの知り合いだった衛宮切嗣の息子です」

「なに?」

突然出てきた人物の名に彼はいぶかしんだ。

「どうしてあいつの息子がここへ来たんだ?」

「それを話すには場所が悪すぎます。今は逃げましょう」

黄理の疑問に対してそう答え士郎は彼を肩に担いだ。

「待ってくれ、俺の家へ寄らせてくれ」

士郎としては一刻も早くここを離れたかったが、彼の言うとおりにした。

それが彼にとってどんなことよりも重要なことだと理解したから。









黄理の家は士郎が先ほど調べた唯一燃えてなかった家だった。

「真姫!志貴!」

自分の愛する妻と子供の名を呼ぶが返事は返ってこない。

そして先ほどの士郎のように今で彼の妻、真姫の死体を彼は発見した。

「真姫!」

あわてて駆け寄るがすでに息はない。

「残念ながらこの屋敷にはその方の遺体以外有りませんでした」

「なっ!!」

それは彼に絶望しか与えなかった。

「嘘だろ!」

「少なくともこの家には生者はおれとあなた以外にいません」

この家を解析した結果をそう伝える。

「くそ!くそ!くそ!…」

覚悟はあったしかしそれは自身が死ぬ覚悟であった。

この里が狙われることなど頭の片隅にもなく、彼の妻は現役を退き殺し合いとは無縁になり、このような形で死ぬとは想像すら出来なかった。

だがしかし自身の慢心と油断がこのような事態を引き起こしたのだ。

「くそ!くそ!くそ!…」

士郎としては未だ泣き続ける黄理をそっとしておきたかったが、事態はそうもいかなかった。

士郎が始末した部隊と通信がとぎれたためか何人かの気配がここへ近づいてくる。

「失礼」

そう断りを入れてから黄理の首筋に手刀を叩きこむ。

普段の黄理ならばよけることはできたが今は悲しみによって全く気付かず、そのまま気絶してしまった。

そして黄理と真姫の二人を担ぎ、

「移動開始(ムーブ・オン)」

七夜の里だった場所から離れた。









「槙久様!」

「なんだ?」

「七夜の里の制圧が完了しました!」

罠の張られていない中腹地点に設けられた司令部で遠野家当主遠野槙久は、部下の男からその朗報を聞いた。

「ですが…」

報告した男がそう言葉を濁した。

「どうした?何か問題でもあったのか?」

槙久の問いに部下は口を開いた。

「部隊のうち数人が両肩をねじられ、背骨に銃弾を撃ち込まれ下半身不随に。それに…」

その先を読むのが恐ろしいのだろうその男は顔を青くして唇を震わせている。

「どうした問題はすべて報告しろ!」

「く、紅赤朱の軋間紅魔が両腕を損失し、両足が切断された状態で発見されました。それと七夜の頭首、七夜黄理の遺体も発見されておりません」

「何!?」

その内容は驚くべきものだった。

混血としての力を100%発揮することができるのが紅赤朱である。

そして軋間紅魔はその能力に加え、圧倒的な怪力を誇るのである。

槙久さえも怪物だと思わせる軋間が逆に圧倒された状態で見つかったのだ。

そしてそんなことができるのは七夜でも黄理だけだとだれもが考えるだろう。

しかし槙久だけは別のことを考えていた。









「それとこれは報告すべきかどうか迷ったのですが…」

「なんだ?」

「生きた七夜の子供が発見されました。名を志貴というそうです」

今までと毛色の違った報告に槙久は眉をひそめた。

「処分いたしましょうか?」

その男が提案する。

「待て。その子供は私が預かる」

「えっ!」

その男が驚くのも無理はない。

今回の作戦の目的は七夜の殲滅であり、その作戦を提案した本人がその作戦を否定する発言をしたのだ。

「しかし!」

「私が決めたことだ!貴様は口をはさむな!」

「わ、わかりました!失礼しました!」

槇久の怒号にその男はその男は逃げだした。

久は部下の報告を聞いた中で気になったのは、軋間紅魔の死ではなく、部隊の数人が負傷したことである。

両腕をねじられたのはまだいいとして、背骨を銃で撃ちぬいたのがおかしい。

七夜は銃という近代兵器は知っていても、それをどう使うかは知らない。

それも下半身不随のために背骨を打ち抜くなどおかしい。

そもそも七夜であるなら腕をねじる前に殺しているだろう。

つまりそこからはじき出された結論は七夜以外の別の存在、自分たち以外の第三者が七夜の里にいたというものである。

そしておそらくその人物が紅赤朱を倒したのだとも考えていた。

槙久とて馬鹿ではない。

自分たちのように混血というものが存在するのだ。

確認はできていないが同様に混血以外の異能の力を持つ別の存在がいるのではないかと昔から考えていた。

そしてその力は自分たちを殺せるだろうとも。

七夜黄理が見つからないのはその人物とともに逃げたためだろう。

そうなれば槙久にとってはいつ報復が行われるか常に恐怖におびえなければならない。

だからこそ彼は七夜志貴を引き取ったのだ。

いざという時人質として利用するために。

いくら七夜の子供とはいえこちらには紅赤朱ほどではないが強力な力を持つ者が何人かいる。

彼らならばいつでも志貴を処理することができると彼は踏んだのだ。

「いつでも来い!」

まだ見ぬ第三者と七夜黄理に向けて槙久はそう言った。

この夜、一人の男とその息子の人生の歯車狂った。









どうもNSZ THRです。

第3章です。

月姫あたりのことで黄理と切嗣が知り合いだったという風にしました。

どういう出会いかは次回。

それと日本に帰ってきたのであの人にも登場してもらいます。

軋間紅摩がどうなったかは察して下さい。









管理人より
    ああ、こちらはこうなりましたか。
    真姫さんのご冥福心よりお祈りします。
    ここの士郎だったら蘇生させる可能性もありますが。

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